コラムvol.10「意志について」

ー本稿は2021年にNPO横浜シュタイナー学園が発行した「野ばら」第26号に掲載されたものとなりますー


学校では普段授業でおこなっているオイリュトミーの他に、一人ひとりとセッションをする、療法的なオイリュトミーというものがあります。ここではオイリュトミー療法の見方、心身の健康という見方から、「意志」がどのように考えられているのか、述べてみます。またそれが子どもの学びとどのように関連して行くか、考察します。

1 はじめに

 人間の全体としての姿を見ると四つに分けることができます。それを、地水火風の四大元素として考えてみることから始めます。

 次に、人間の身体を三つ、頭部、胸部、腹部と四肢 に分けて考えます。これらが思考・感情・意志の働きを担うことになります。
これを詳しく説明するために、まず、シュタイナー教育と医学のもとになっている考え方を説明したいと思います。

2 四大元素「地水火風」  
  火(熱) → 風 → 水 → 地

 シュタイナーに限らず、人間は森羅万象を解明しようと試み、全てのことにおいて必然を、理由を、求め、説明できる根拠を探して来ました。
 古代ギリシアではプラトンが「ティマイオス」で四大元素説をとり、地水火風を全ての元であると唱えました。アリストテレスはその考え方を受け継いでいます。また古代インド、仏教思想でも地水火風は世界を構成するものとされています。

3 熱がすべての始まり、地球の始まり

 この地球の始まりは、もともとは大きな熱のかたまりだった、とシュタイナーは語っています。大きな熱のかたまりであり、まだ時間という概念も発生していなかった。詳しくは「神秘学概論」その他、シュタイナーの壮大な宇宙論、地球の生成についての講演録と著書を読んでください。

 本当に図式的に簡単に説明します。シュタイナーも「神秘学概論」の中であげているように水という物質を例にとると、水は気体として空気中に存在し、見える気体のような液体のようなものとして湯気があり、液体としては水、固体の状態は氷、という風に形を変えます。
 地球も、そして、人間も同じように姿を変えて生成して来た、と述べています。
 つまり大きな熱のかたまりが冷たくなりながら、凝縮し続けて固体となり、分化して個々の機能を持ってゆく、というイメージです。

熱 暖かさ 大きく広がっている
境界がない

液体 流れる 水
一つにまとめる力

固体 硬さ 冷たさ 氷
区別し分ける力


それでは人間の身体の中の、地・水・火・風に当たるものを見てみましょう。

地  固体 肉体部分 
  そのもっとも硬いものは 骨と歯
  『物質体』

水 液体 液体としてあるもの 唾液
  血液の中の水分 消化液 リンパ液ほか全ての体液
  『エーテル体が働いている』

          
風 気体 全て気体として身体の中にあるもの
  酸素他

  『アストラル体が働いている』

火 熱として身体にあるもの 体温
  『自我の表れ』

 体温は自我の発露として大変重要な指標であり、低体温は免疫力を下げるものとして注意が必要です。さらに身体の中の機能ということで考えてみると

頭部    神経感覚器官

      脳・神経細胞 思考

胸部    呼吸・循環器官 

      肺と心臓   感情

腹部から下 四肢・代謝

      手・足・消化器官 意志

ということになります。細かくはその部位によってまた分けられます。

 全ての始まりは形もない熱の広がりでありました。それが、次第に何かの性格を帯び、雰囲気、アトモスフェアのような気体となり、さらに冷たくやや形状を持つようになると流れる液体となる。さらに分化して部分部分に分かれ、凝固すると固体としての物質部分を形成するようになる。
 とするならば、人間の「体温」、「熱」というものは地球生成の太古の昔の根源であったものが地球そのものを形作り、人間のもっとも内側に入り、火のようなものとして生きているのだという結論に達します。 

 それでは、人間の中でもっとも熱が生きているところはどこでしょうか。
熱を生成する働きとはなんでしょうか。
 そもそも、人間にとっての「熱」とはなんなのでしょうか。

4 熱を作っている場所 小腸について

 オイリュトミー療法の勉強中に、小腸について学びました。そこで、小腸の内部の写真を見る機会がありました。小腸の壁はピンク色のひだで、常に常に生き生きと動いており、活動を止めることはないそうです。そしてそこはいつも温かいのです。いつも動いている。そして熱を生み出している。そこで学んだことによると、小腸のがんは大変希少だそうです。がんというのは、シュタイナーの説いた医学によるならば、硬化、冷えの極にある病気なので、小腸はまさに人間の身体の中で熱を生み出している臓器ということで納得がいきます。
 一方、脳と神経組織は基本的に、物質的には再生はしません。枯死し、凝固の方向に向かってゆく一方です。
 小腸の働きについて言うならば、消化し、吸収という働きについて述べるならば、物質である食物を口腔内で砕き、胃、肝臓その他の臓器の働きによって吸収できる物質に変え、物質としての力を「無化」して初めて、肉体を作り、動かす「力」とし、腸壁から吸収するということです。この「力」が「熱」になるのです。物質であるものをエネルギーにする。物質を一旦は無化する。「腸壁の彼岸」『Jenseits von der Darmgrenze』に内界が存在するとルドルフ・シュタイナーは述べています。

5 オイリュトミーと腸

 セラピーに用いられる療法的オイリュトミーの多くは腸に働きかけます。足と脚を動かすことによって、四肢代謝系に働きかけ、その熱の正しい所在である、腸に熱をもたらすよう、動きます。
 熱が本来の居場所である腹部におらず、つまり、十分に腸が温かさを保っていない時、その熱が誤った場所で発生した時、発熱、痛み(炎症)となる、とシュタイナーは言っています。子どもに多い中耳炎、発熱、頭痛などがこれにあたります。かゆみも痛みの小さいものと考えれば、皮膚のかゆみを伴う炎症もこれに入ります。

6 思考 感情 意志 

 今度は「思考」「感情」「意志」ということを考えてみましょう。
思考的な作業はやはり、冷たく涼しい環境でよりよくできるということがあります。
そして思考的な作業は身体全体を冷やし、また分析的な、分化してゆく、という力を肉体にも作用させます。
 コンピューターに向かっての作業ばかりが続くと手足が冷えることに見られる通りです。
それでは、その対極の、温め、統合し、何かを生成してゆくという営みというのはどんなものでしょう。

 肉体的なものとしての、体を温めること、ことに腸を温めて健康になる、ということに関しては昨今、いろいろなところで取り上げられています。食物の例などは雑誌に取り上げられて枚挙にいとまがありません。例えばアレルギーに対して、免疫力を上げることに関して、など。健康全般に対しての腸の健康ということに関心が高まっているのを感じます。このことをルドルフ・シュタイナーはすでに100年前に認識し、言及していました。

 冷たい思考的なものから、自分の手足を動かし、ものを生み出す。心を動かす美しいものを手足を使って生み出すことは、思考と感情を結びつけつつ、意志を育みます。


新たな今生での地上生を始めたとき、神的なものから個としての自己のもつ可能性の実現のためこの地上生を始めたとき、頭部には古い過去から来たものが生きている。
それを四肢代謝にもたらし、行為に結びつける時、うちなる愛、美しいものへの愛によって行いに向かうとき、人間の生は未来へと向かう。(注2)

 これはまさに、毎日毎日、シュタイナー学校で教員たちと子どもたち、保護者の活動とが一体になっておこなっていることに他なりません。

 またシュタイナー幼児教育の実践現場では、肉体を作る時期に、それをいかに妨げないかということに全意識を向けて日々を送ります。意志の力を作り、保ち続けるにはどうしたらよいのか、ということに全ての力が注がれています。まさに意志の教育です。

 シュタイナーは自我の意識は意志の行いによって生まれる、ともいっています。(注3)

 人間の意志には地球と人間生成の根源からの熱が生きています。人間の体の中の熱は、四肢を動かすことによって生み出され、また健康な腸の働きはまさにそれと同じ活動です。そしてそれこそが、地球を未来へ進ませるのです。
意志の行為こそ、自我の行為である。

7 最後に 「意志」を強めるためにもう一つ

 シュタイナーはキリスト教の伝統に則った天使論を展開しています。それを紐解くと、この宇宙の成り立ちには天使の位階が働いているという記述に出会います。そのもっとも高い位階の天使たちは愛の天使セラフィム、 調和の天使ケルビム、意志の天使トローネと呼ばれています。

 この今現在の宇宙の創造のおおもとになっているものは愛と調和と意志です。
 また、こんにち、2021年、困難な時を生きている私たちにとっての示唆に富んだシュタイナーの言葉があります。その言葉を持ってこの文章を締めくくりたいと思います。

…意志の育成と名付けうるものは大変重要です。意志を強める簡単な方法があります。
それは望みを抑えて実行しないことです。もちろん望みを実行しないことが害をもたらさない場合に、そうするのです。…(略)これを教育的に行うのは本当は困難です。それは子どもの反感を呼び起こすからです。非常に簡単な方法があります。子どもの望みを拒むのではありません。大人が何かを断念するのを、子どもが気づくようにするのです。子どもがいるところで、私たちが何かをはっきりとわかるように断念すると子どもはそれが価値あることだと感じて無意識に模倣します。…(注4)

世界中の人間が同時に厳しい状況を耐えている、未だかつてないこの2年となりました。今、断念、「聖なる諦め」が意志を育ててくれているのではないか、とも思います。

(このエッセイが書かれたのは、2021年。まだまだコロナ禍の終息が見えなかった時でした。)

(注1) 『神秘学概論』 ルドルフ・シュタイナー
    高橋巌訳 ちくま学芸文庫 / 西川隆範訳 イザラ書房
Rudolf Steiner  Die Geheimwissenschaft im Umriß GA13 
(注2)   Renate Thomas  Anatomie für Heileurythmisten
(注3)   Rudolf Steiner 全集版   GA166
(注4)   Rudolf Steiner 全集版   GA267

猿谷利加

プロフィール

2012年スイス ドルナッハにてオイリュトミー療法士資格取得。1996年オイリュトメウム・エレーナ・ツコリ・ドルナッハ修了。ライアーをヨアネス・ベルクスマに師事。
NPO法人横浜シュタイナー学園 オイリュトミー療法士 オイリュトミー専科教師
葉山シュタイナーの家 うみのこびと オイリュトミー療法士 専科教師
葉山シュタイナーの家 子どもクラス アプフェルバウム 大人クラス ラヴェンデル 主催
横浜シュタイナー どんぐりのおうち オイリュトミー専科教師

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