コラムvol.18「デジタル化と身体性」

 人間の脳は、もともと「身体を動かす前提」で進化している、ということを聞いたことがあります。

 つまり「生存のために身体を動かすこと(行動)」が脳の本来の目的だったということでしょうか。

 身体を動かすことが脳の機能と結びついているということは、シュタイナー教育においても言われることですが、手足の作業で脳の目覚めや記憶が活性化されることは私たちも体験していることです。

 コロナ以降、リモート会議やオンラインの講座が多くなっており、その恩恵に与っていることは言うまでもないことですが、どこか現実感が弱まっている気がします。そして、身体感覚は私たちの実存感を支えている、ということを改めて感じます。ずいぶん前の話になりますが、4~5年間集中してコンピュータと関わる時期があったのですが、振り返ったときに、その数年間の自分の体験の記憶が身体にあまり残っていないことを経験し、愕然としたことがあります。それ以来、デジタル化と身体性について考えるようになりました。

 デジタル化において、五感を使ってのリアルな体験や身体感覚の減少は如実に感じられることですが、子どもにおいては、本当の意味での自己体験を持つことが難しくなり、身体感覚の減少、ひいては自己/自我の喪失にもつながるのではないかと危惧します。

 数年前、ミュンヘンで行われたある勉強会に参加したとき、「デジタルや電磁波の問題は、生命力が損なわれること、泉が湧き出るようなイマジネーションの力が失われること。そしてエーテル的な知覚も影響を受ける。アストラル的なレベルでは、感情の繊細な揺れが失われ、他人への共感も難しくなる。自我を管理し思考を通しての霊的な世界へ至る道も閉ざされる」と聞いたのですが、その時さらに深刻だと思ったのは、「幼い頃からデジタルに慣れ親しみ、実際体を動かしての自己体験が少ないと、成長の過程で臓器が作られていく際、 後年、霊的なものを受け取ることが難しくなるような形で心身が形成されてしまう」という言葉でした。

 デジタル機器を通してまず影響を受けるのは私たちのエーテル体ですが、私たちの成長を促すエーテル体の働きが制限されてしまうことは、エーテル体が属すエーテル界からの創造的な力の働きの受け取りも制限されてしまうと言うことで、それはとても残念なことだと感じられます。

 話は変わりますが、先日、『がんを克服する鍵』というNHKの番組を見ました。ー癌の死亡リスクを30%減らす「ある生活習慣」ーという内容でとても興味深く見ました。

 その「ある生活習慣」とは有酸素運動のことで、昨年アメリカで開催された「2025 ASCO」という医学会議からの報告では、大腸がん889人を対象とした実験で、単なる健康指導のみを受けた被験者と、「特別な運動プログラム」を受けた被験者のがんの再発率、新たながんの発生率に大きな違いがみられたとの報告があり、参加者からはスタンディングオベーションでその報告が受け入れられていました。

 私たちは「運動」療法士なので、このことにはとても勇気づけられました。

 運動ー手足を使うことは、生命力や熱を生み出す力、そして未来を切り拓く力ともなります。身体あるいは手足の動きには、本人でさえ気づかないその人の一部が存在しています。語り口からはわからなくても、動きや行動を通して、その人の在り様の深い部分に気づかされることもあります。シュタイナーは、四肢の部分には私たちの今世の「使命や課題」が宿っているとも述べています。

 病の力は「過去」からきます。そして、治癒の力は「未来」から来ると思うのです。オイリュトミー療法をはじめとする手足の運動は、未来に向けて何かを創造する力、そして未来から治癒を引き寄せる力の原動力となるのではないでしょうか。
 動きを通して未来から来る力のメッセージを掴み取ることができると良いなと思っています。

石川公子
プロフィール
オイリュトミー療法士。渡独後、治療教育を学ぶ。ハンブルク・オイリュトミー学校卒業、ドルナッハにてオイリュトミー療法の課程を修了。2015年から横浜のすみれが丘ひだまりクリニックにてオイリュトミー療法士として勤務。各地で健康オイリュトミーやバイオグラフィーワーク等の講座を行う。出版物に、『オイリュトミー療法講義』(R.シュタイナー)共訳、『オイリュトミー療法の基本要素』翻訳、他。

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